東京地方裁判所 昭和48年(ヨ)2362号 決定 1974年3月20日
申請人
岩切信
外三名
右四名代理人
浜口武人
外四名
被申請人
株式会社中日新聞社
右代表者
三浦秀文
右代理人
小倉隆志
外七名
主文
被申請人は各申請人らに対し別表二記載の各金員を仮に支払え。
理由
判断の要旨
一(1) 本件営業譲渡に際し、被申請人が申請外株式会社東京新聞社(以下東新という)との間に結んだその従業員との労働契約を承継しない旨の協約は、両者の業務提携後の役員人事にも現われる経営組織の実態、右従業員中申請人ら四名を除く希望者全員の採用という事実、その際の採用手続やその後の職場配置並びに協約書、採用基準の各規程に照らせば、勤続年数、給料等の労働条件は別として雇入自体についていえば、いわゆる営業譲渡により、その従業員が当然一体として譲受人に承継される場合と特に区別する事情は認め難いのであるから、右協約の法的効力は弱い。
(2) 被申請人が申請人らを採用拒否したのは、右営業譲渡当時、既に東新により懲戒解雇され東新の従業員でないからという理由によるものであるところ、右採用拒否の趣旨は、右解雇の有効、無効を問わず同人らを採用の対象としないということまでも含むものとは認められない。何故なら、被申請人としては、当時申請人らが右解雇処分の効力を東京地裁、都労委で争つていたことを熟知していたし、係争内容もある程度知り得る立場にあつた訳でその上でなお右解雇が有効であるとの見解を抱いていたことが窺われるところであり、更に右解雇が仮に無効の場合にも右時点において申請人らを特に採用の対象から除外せざるを得ない合理的な事由についての主張乃至疎明もないからである。
(3) 「採用基準」の四項、五項によれば、採用の時点は必ずしも昭和四二年一〇月一日付採用の場合のみを予定し、それに限るものでもなく、又一たん採用した後にそれが取消される場合のあることも予想されている。
(4) これらを総合すれば、被申請人の代理人らが申請人らの採用申入要求に対し、採否については裁判所なり、都労委の結論に従う旨の意思表明は、右解雇処分が裁判所であれ、都労委であれ、兎に角無効であるとの判断がなされた際には、その時点で申請人らを他の従業員の採用の場合と同一の労働条件(昭和四二年一〇月一日付で採用されたとした場合の、その時点における待遇と同等の待遇。)で採用すべき義務を負う意思を表示したものと解するのが相当である。しかして右意思表示によりその頃当事者間に採用の効力発生を右条件の成就にかからしめる一種の停止条件付雇用契約が成立したと解するのが当事者の意思解釈として最も合理的である。しからば本件雇用契約は、東京地裁昭和四〇(ヨ)二二一六号地位保全等仮処分申請事件の昭和四四年一〇月一八日言渡の判決(前記解雇処分は無効との判断)によりその効力を生じ、申請人らは右日時以降申請人の従業員たる地位を取得したものというべきである。しかして被申請人が故意に申請人らの採用(雇用)を拒否しているから、申請人らは被申請人に対し、同日以降の賃金債権を有することになる。
二ところで賃金債権は二年で、不法行為に基づく損害賠償請求権は三年で各時効消滅することになる。しからば申請人らは被申請人に対し、少なくとも昭和四六年一月以降の賃金又は賃金相当損害金を請求し得るところ、右日時以降弁済期到来にかかる同四九年一月末までの分は、別表一のとおりの額を下らない(昭和四六年度分はいずれも損害金の趣旨)。
三(1) ところで申請人らは、前記東京地裁地位保全等仮処分申請事件の認容判決により、東新から右昭和四六年一月以降同四九年一月の間、毎月申請人岩切が金五二、六八六円、同増田が金四八、二五一円、同松岡が金五四、一九七円、同染谷が金三五、八二七円の各賃金相当額を受取つている。
(2) 申請人らが被申請人への就職の気持を有する以上右一事をもつて、本件仮処分の被保全権利が当然消滅するというものでもなく又その必要性がないとも速断できない。申請人らが労働者として、その従業員としての地位を否認され、賃金の支払を受け得ないことにより、その受ける不利益苦痛は甚大であることが容易に推認できるところ、前記東新からの賃金受給の事実を考慮して、別表一から右東新受給分を控除した別表二の分の限度につき仮に支払いを命ずるのが相当である。 (根本久)
<別表省略>